ゴウゴウと、地鳴りのような音で目が覚めた。
窓の外を見やると、雨がガラス窓を叩き、強い風が建物の隙間をかい潜ろうとしており、どうやら、それらが音の原因のようだった。レオナは欠伸をしながら頭を掻き毟った。空の遠く向こうは明るい。嵐は一時で収まるだろう。そう判断して、二度寝を決め込むことにした。
ベッドに身を転がし、横にいる筈の自分専用の抱き枕を手探りで引き寄せようとしたところ、何故か空を掠めるばかりで一向に触れられない。レオナが不機嫌そうに目を開けると、そこはもぬけの殻だった。シーツは冷え、抱き枕がもう随分前から無くなっていたことに気付く。そのことに、更に眉間に皺を寄せると、バタンと勢いよく戸口の扉が開いた。
「あー!ひでえ目に遭った!ゲリラ豪雨なんて聞いてないっス!」
ラギーは両手に抱えていた荷物を戸口に置いて、びしょ濡れになったシャツの端を絞り頭を振って、ぽたぽたと垂れる水気を切ろうと四苦八苦した。すると、部屋の奥から顔めがけてタオルが飛んできた。顔面でキャッチし、ひとぬぐいしてからタオルの飛んできた先を見やると、仏頂面でこちらを睨みつけているレオナと目が合った。
「おはよーございますレオナさん」
さして気にする風もなくラギーが笑みを浮かべて声をかけると、それが面白くなかったのか、レオナは鼻を鳴らして再びベッドに潜り込んだ。
受け取ったタオルでひと通り体を拭き終わったラギーは、荷物を持ち上げ、テーブルに置いて中身を片付け始めた。
卵、パン、野菜などの食材と、日用品を少し。今日は朝市が開かれる日だったので、早起きして市場へ出かけていたのだ。目的の品をあらかた買い終え、帰り道を歩いていたところに突然の豪雨に見舞われ、慌てて帰ってきたのだった。
「市場はめちゃくちゃ晴れてたんですよ?それなのに、いつの間にか空が暗くなってて。今の時期の天気は読めないっスねえ。聞いてます?レオナさん」
片付け終わると、ラギーはベッドでシーツに包まり丸くなっているレオナに近づいた。返事は返ってこなかったが、耳がぴくりと動いたので、こちらの声は聞こえているはずだ。こういう時、獣人は不便だよなあと思う。隠したい感情も、耳と尾を観察していれば大体の本意は見て取れてしまう。
「レオナさぁーん?寝たふりしてもダメですよ。それにもうお昼ですよ。一緒にごはん食べましょ」
つん、と人差し指で耳の先を突いてみた。反応して動く、自分より小さな耳だけを見ていると、百獣の王も可愛く思えてきてしまう。そんなこと面と向かっては言おうものならどんな報復が待っているか分からないから絶対に言わないけれど、こっそり優越感に浸るくらい許されるだろう。そんな風にラギーが微笑ましくレオナの後頭部を眺めていると、もぞりと目の前の体がこちらに向き直った。その表情は未だ機嫌を損ねたままだ。ラギーは困ったように首を傾げた。
「なんでそんなご機嫌ナナメなんスか?」
「自分の胸に聞いてみろ」
ラギーは素直に、自分の胸に手をあてて原因を考えてみた。
一番可能性があるとすれば、ラギーが朝起きて市場に行ったことだろうが、これは昨晩、レオナには伝えていたはずだ。もしかして一緒に行きたかった?いつもいつまででも寝ていたい不遜な王様が?何か買いたい物でもあったのだろうか。それならば、出かける前に起こさなかったことが原因ということになるだろうか。
「えっと……今度からは、ちゃんと起こしますね?」
これで合ってる?と言わんばかりに首を傾げて上目で見つめてきたラギーに、レオナは盛大に溜息をついた。レオナの反応に、間違ってたのか、とラギーが耳を垂らしたところで、レオナは目の前のハイエナを頭から爪先まで矯めつ眇めつした。
タオルで軽く拭ったとはいえ、ラギーはいまだに濡れた服を着ており、髪も、再び滴が垂れそうになっている。おそらく、動いていればそのうち乾くとでも思っているのだろう。
レオナはベッドから降り、浴室からバスタオルを持って部屋へ戻ってきた。所在なさげなラギーの頭にバスタオルをかぶせ、ゴシゴシと拭いてやる。タオルの中でラギーが痛いだのもっと優しくだの、キャンキャンと騒いでいたが、お構いなしに力任せに拭いた。
バンザイさせ、上の服も脱がせる。拭き終わったところで察したラギーが再び騒ぎだしたが、有無を言わさず下のズボンも引っ剥がした。
全身を拭き終わって、乾いた素肌を確認するように撫でる。髪だけは完全に乾かせなかったが、それこそ短髪なのでそのうち乾くだろう。検分を終え、レオナはバスタオルを後ろに放り投げた。ラギーの腕を摑み、こちらはベッドに放り投げる。次いでベッドに乗り上げると、また暴れ出しそうなハイエナを引き寄せて、懐に閉じ込めた。その瞬間、じわじわと自分の体に浸透していく温度と、感触と、匂いに、やっとレオナは満足そうに喉を鳴らした。
「抱き枕が勝手にいなくなってんじゃねえよ」
やっともらえた答えは予想以上に不遜で、それでもレオナらしい答えだったから、ラギーはそのまま抱き枕と化すしかなかったのだった。
END