その日、ラギーは校舎や寮内を駆け回り、両手いっぱいに荷物を抱えて自室に戻ってきた。
「シシシッ、大量大量!もらい忘れは無かったっスかね~」
ベッドの上にいそいそと置かれる荷物達は、綺麗なラッピングが施されているものがほとんどだ。
今日はラギーの誕生日である。数日前からこの日のことを学内でふれ回り、用意周到にプレゼントをもらう手筈を整え、本日めでたく回収に至ったところだ。
「これなら毎日誕生日でもいいっスねえ」
生まれた日だというだけで何かを頂戴する口実に出来るなんて、世は大層なイベントを拵えてくれたものだと思う。ラギーは、ほくほくと顔を緩ませ、プレゼントの山の中央を陣取って包みを開けていった。
「え~っと、ジャックくんからは……お、手袋っスね!ちょうどくたびれてて交換しないとって思ってたんスよ~気の利く後輩を持って俺は幸せだなあ。リドルくんからは参考書か……やたら重いと思ったっス。あ、マーカーで注釈書いてくれてる。これはすげー役立ちそう。さすがっスねえ」
他にも同級生や先輩後輩達、果ては売店、食堂まで誕生日のアピールをしに行ったおかげで、雑貨から食料、ありとあらゆるものを手に入れることができた。
自分で使えそうなもの以外は、今度のホリデーにスラムに戻って、ばあちゃんやガキ共に分けてやろう。ラギーは満面の笑みでプレゼントを開けては仕分けていく作業を進めていった。
「おっ、これはジェイドくんからっスね。山菜の詰め合わせ。いかにもって感じっスね。珍しい種類のもあるし、レオナさんの夜食の材料にでもさせてもらおうかな……」
野菜嫌いな寮長を思い出し、束の間ラギーは動きを止めた。
今回、レオナにはプレゼントをせびらなかった。一番身近にいる金持ちにアピールしないなんて、もったいないことをしている気もしたが、レオナから何かをもらうのは、ラギーにとっては心構えが必要なことだったのだ。
レオナとは恋人関係にある。しかし、その間柄に甘えてレオナに盲目になる自分のことが、ラギーはあまり好きではなかった。
たとえば今着ている制服の上着は、レオナのお古をもらったものだ。ラギーはこの制服を殊更大事にしている。よく見ると、何度もほつれを直した部分があるのだが、金が無いことを口実にして、ラギーは一張羅として着倒している。そして、そんな自分が自分で気持ちが悪いと思っている。
お古でそんな状態なのに、プレゼントでももらった日には祭壇を作って祀ってしまうのではないか。想像して鳥肌が立ち、ぶんぶんと頭を振った。
「………ん?……ああっ!こ、これは……!」
その時、プレゼントの山から一際輝きを放つものが現れた。その箱は金色で、あまりの眩しさにラギーは目を手で覆った。
「カリムくんからっス……!見た目は小振りだけど、小さい方が高価だってことはよくあるし」
指紋を付けないよう、早速ジャックからもらった手袋を身に着けて、震える手で金の箱を手に取った。
しかし、中を見ることは叶わなかった。突然手の中から浮かび上がり、部屋の中を浮遊しながら移動し始めたからである。慌てて立ち上がり、箱が移動した方向へ向かおうとしたが、その瞬間ぎしりと体が動かなくなった。そこには壁に背を預けてこちらを見据えるレオナがいたからだ。箱はレオナの手に中に収まってしまい、獲物をライオンに横取りされた絶望と、予期しない来訪者への動揺に、ラギーはしどろもどろでレオナに声をかけた。
「れ、レオナさん……?どうしたんスか?俺の部屋に来るなんて、珍しいっスね」
「お前がなかなか来ねえから迎えに来てやったんだろうが」
「迎えって……」
確かに今の時間、大抵はレオナの部屋で片付けやら掃除やらで動き回っている頃だが、きっかり何時に始めるという決め事は無く、今日よりも遅くにレオナの部屋に訪れることもあるので、ラギーは首を傾げた。
しかし、それ以上何も言わないレオナは金の箱を弄びながら背を向けて部屋の外へ歩き出したので、ラギーは慌ててついていくしかなかった。
レオナの部屋に着くと、おもむろにベッドに乗り上がって座り込んだレオナが、ラギーを手招きした。大人しく近寄ると、後ろから抱きしめられる。
足の間にすっぽりとラギーを閉じ込められたことに満足したのか、レオナはラギーの肩に額を擦りつけて喉をぐるると鳴らした。
ラギーは密着しているせいで心臓がうるさく跳ねているのをレオナに聞かれたくなくて必死に足掻いていたが、既に手遅れなことも思い知って、やがて抵抗をやめて大人しく腕の中に収まった。
喉を鳴らすだけで言葉を発しないレオナが何を考えているか分からず、後ろに顔を向けて様子を窺う。
「……レオナさん。一体何なんスか?この状況」
返答は無いが、代わりにレオナの両手がラギーの腰にまわった。その手には、先程レオナに捕らえられた金の箱がある。
ラギーが何かを言う前に箱が開けられた。その中には、きらきらと輝きを放つ宝石が納められていた。ダイヤモンドだった。小振りだが、精巧な造りと輝きを持つそれは宝石に詳しくないラギーでも、とても高価なものだとわかった。
こんなものを簡単に贈ってくるカリムの無防備さに、やっぱり危なっかしい人だと思いつつ、かと言って返す理由はどこにも見つからないので、有り難く頂戴して、大事に利用させてもらおう、とラギーが頭の中で保管や換金の算段を考え始めた時、
ぽーい
「あーーー!!」
ダイヤモンドは、箱ごとレオナによって部屋の窓から外へ放り投げられた。
「な……っ、な、なんてことしてくれてんですか!鬼!悪魔!……っ、んぅ……っ!」
顎を掴まれ、無理やり唇を塞がれる。抗おうにも口内の弱いところを全て知り尽くされている為に、蹂躙されれば力も入らず、ラギーはレオナのシャツを握りしめて縋りつくことしか出来なかった。
その右手首を捉えられ、シャツから外される。レオナの指がラギーの手の平を這って開かせると、反対側の手がラギーの薬指へ何かを嵌めた。
「……え……?」
唇を解放され、足りなくなった酸素を取り込みながら、自分の右手に目線を移した。
薬指に嵌められたものは、指輪だった。金のリングの石座には緑色の宝石が配され、その両脇も、一回り小振りな、これも同じ緑色の宝石が散りばめられていた。
「誕生日プレゼント」
「へ、あの、えと、……レオナさんから?」
「他に誰がいんだよ」
不服そうに顰められた顔を見て、ラギーは顔から火が出るんじゃないと思うくらい真っ赤になった。ギギ、と油の足りないロボットのようにレオナの顔と自分の右手を交互に見比べて、そして、
「っておいこら!何外そうとしてやがる!!」
「だだだだってレオナさんがこんなモン寄越すなんて、なに、俺は今日殺されるんスか!?何を捧げれば赦してもらえますか!?!?」
「テメー俺を何だと思ってんだ!!」
薬指から指輪を外そうとするラギーと、それを阻止するレオナで乱闘が始まり、しばし部屋は夜らしからぬ喧騒に包まれた。やがて先に体力が尽きたラギーが負け、指輪は無事に外されることなくラギーの薬指に収まっている。
ぜえはあと、色気の無い二人分の荒い呼吸が落ち着く頃、ラギーはぽそりと呟いた。
「………だってこんなの、本当に恋人みたいだ」
「あ?恋人だろうが。恋人に指輪贈って何が悪いんだよ」
レオナの言葉に、とうとうラギーは泣きそうになる。
この傍若無人な王様は、時折自分なんかよりよっぽど素直に言葉を並べて、ラギーを甘くて深い湖の底に沈めようとするのだ。
ラギーは嵌められた指輪を見つめた。照明に反射して光り輝く緑色の宝石は、ダイヤモンドに負けないくらい綺麗だと思った。
「なんて宝石なんですか?これ」
「なんだと思う?」
質問を返されるとは思わず、レオナを見上げると、ニヤニヤと人を食ったような笑みを浮かべており、ラギーはうっかり絆されていた自分を心の底から後悔した。
これは、絶対にこっちが損をする答えが待っている。
「やっぱ分かんなくてもいいかな……」
「仕方ねえな教えてやるよ」
「あんた人の話聞く気ある?無いっスね知ってた!」
無駄な抵抗と分かりつつ、ラギーは耳を両手でふさぎ、なんとかレオナの攻撃を阻止しようとしたが、大きな耳はそう簡単に間近の音を消してくれやしなかった。
「お前、いつだったか勝手な魔法薬作ってクルーウェルに絞られたことあったろ」
「……へ?クルーウェル先生?……そういえばそんなことありましたけど、それが、何……」
その時のことが走馬灯のように蘇る。確かに魔法薬を作った。使ってはいけない薬品を使って、クルーウェルに叱られたのだ。魔法薬の症状は、涙が宝石に変わるというものだった。
「まさか……え、だって、効力切れたら涙に戻るって聞きましたけど」
「戻ったものを俺が再生成した」
「は……はああああ!?嘘でしょ!?これがあの時の!?」
思ってもみなかった答えに、ラギーは宝石を凝視した。
まさかあの時の宝石がまだ残っていたなんて思いもしなかったし、それをレオナが保管してあまつさえ加工までしてしまうなんて、それこそ言われなきゃ気付かないことだった。
考えてみれば、あの時散々泣かされた時に出た宝石はベッドにたくさん転がっていたのに、目を覚ました時には治っていて、それなのにシーツが少しも濡れていなかったことに違和感を覚えるべきだったのかもしれない。
「レオナさんってやっぱり凄いんスねえ……」
「お前、今まで馬鹿にしてやがったな?」
「そんなこと無いっスよ。今までも凄いと思ってたけど、改めてっていうか」
もう一度宝石をまじまじと見つめる。これがあの時の宝石と同じものだなんて思えないくらい美しく感じる。レオナが手を加えている分、精巧さが増しているところもあるのかもしれない。
じんわりと胸の奥が温かくなってきた。
レオナには誕生日プレゼントをもらえなくてもいいと思っていた。自分が大喜びすることが分かっていたから。そんな自分を制御できる自信が無かったから。
蓋を開けてみればどうだ。やっぱり思った通りだった。嬉しくて嬉しくて、ラギーは飛び跳ねたい気持ちでいっぱいだった。
今この場所には自分とレオナしかいなくて、見ているのはレオナしかいない。今くらい、素直になっても罰は当たらないだろう。
「へへ、ありがとうございます。大事にするっス」
ラギーがふにゃりと相好を崩して礼を言うと、レオナは瞠目し、返すように小さく笑ってラギーを抱きしめなおした。
「ついでに聞くか?なんでその宝石が緑色なのか」
ラギーが羞恥で再び暴れだすまであと3分。
END