ハッピーホリデー

何がどうしてこうなった?
目を覚ましたラギーは、冷や汗をかいて一寸の身動きも出来なくなっていた。

心地良い夢を見ていた。レオナの匂いに包まれて眠ったからかもしれない。夢にレオナが出てきて、それはもう優しくラギーを迎えてくれたのだ。ラギーが何をねだっても聞き入れ甘やかし、抱きしめてはキスの雨を降らしてくれた。
現実にすり替えるとこっ恥ずかしいことこの上ないが、所詮は夢だ。それに、夢は願望が反映されると聞いたことがある。既にレオナ不足の状態にあることを自覚している身としては、見た夢を受け入れるしかなかった。今の自分は、レオナに甘やかされたいのだ。
だからといって現実で同じことをねだるつもりは更々無い。自分とレオナはいくら恋人という名称が付いていても、そんな甘さを含んだ睦み合いはしてこなかった。世話係と主の延長線上にある馴れ合いと言った方が正しいだろう。
自分の願望はこの夢のような関係なのかと思うとむなしくなったが、求めることで今の関係さえも無くなるのは嫌だった。
夢の中だけでも許されるなら。
そう思って、もう一度目を閉じて夢の続きを見ようとしたのだ。視界に映る、褐色の腕に気付くまでは。
腕は自分の後ろへ伸びている。神経を尖らせて後ろの気配を探れば、聞き覚えのある寝息がしている。
反対に、腕の先の指は自分のそれと絡まっていて、どのような状況にあるのか思い浮かべて顔が一気に熱くなった。

もしかしてこれも夢?
けれど先程よりも意識が鮮明な分、夢とは到底思えなかった。そろりと後ろを見やれば、見覚えのある亜麻色の髪がある。やはり、今自分を抱き込んで眠りについているのはレオナだ。

どうしよう。とにかく、この場から退散しなければ。いや、勝手にベッドで寝入ってしまったことは既にバレてしまっているのだ。むしろレオナが起きるのを待って、軽口を叩く方がごまかしやすいかもしれない。
ラギーがうんうん唸っていると、不意に後ろから体を引き寄せられ、ラギーは耳と尻尾をピーンと立て体を強張らせた。

「レ、レオナさん……?起きて…」
「ん……?ああ、いや、寝てた」

くあ、と欠伸を噛み殺し、レオナは更にラギーを抱き寄せる。手を繋いでいない方の手を腰に潜らせ、近くなった肩口とうなじに顔を埋めた。
完全に抱き枕状態となってしまったラギーは1ミリも動くことができなくなった。
密着した肌が熱い。耳元で聞こえる吐息がくすぐったい。

「レオナさん、あの、ベッド勝手に使ってすんませ……」
「羽は伸ばせたか?」
「え」
「休暇中、俺がいなくて羽を伸ばせたかよ」

レオナの問いかけは、休暇に入る前に告げたラギーの言葉のひとつだ。ラギー自身も覚えていたが、まさかレオナが今の今まで覚えているとは思わなかった。もしかしないでも、根に持って、いるのだろうか。

「あー……、と、それは、勿論?」
「それにしてはお早いお帰りだったなァ?しかも人のベッドで居眠りたァ、ハイエナ様はご自由なこって」
「う……だからそれは謝りますってば」

レオナの言い方は刺々しい。やはりあの日の発言を根に持っているようだ。ただの軽口のつもりだったのに、何がそんなに気に障ったのだろうか。
わからなくて、わからないせいで、ラギーはだんだん腹が立ってきた。

「どうせレオナさんも、小うるさい俺がいなくてせーせーしてたんじゃないんっスか?実家はここより広いんだろーし、召使もいっぱいいただろうし」

なるべく生意気な風を装って、拘束している腕からなんとか逃れようと身じろぎすると、逃がしてたまるかというように、更に腕を押し付けられる。
レオナの匂いが、声が、体温が近い。自分の心臓がどくどくと大きな音を立てているのが分かり、ラギーは辟易した。
こんな状態、密着しているレオナにはバレバレだろう。次は何と言って揶揄ってくるだろうとラギーは身構えたが、予想に反してレオナは、ラギーの耳に唇を寄せ、静かな声で囁いた。

「お前が傍にいないから落ち着かなかった」
「へ……」
「暫く会えなくなるっていうのにお前はさっさと帰っちまうし、ほんと情緒が無い奴だよな、お前」
「れ、オナさん?」
「俺が毎晩寝る前に何を考えて、何をしてたか教えてやろうか?」

ざり、と耳の内側を舐められたと同時、腰を抱いていた手が腹を探り、臍をぐるりと撫でた。ラギーは声を上げそうになって慌てて口を手で塞ぐ。
耳を舐っていた唇がうなじまで降りてくる。生え際を吸われ、反動で、繋いでいるレオナの手を握りしめてしまった。気を良くしたらしいレオナがそのまま首筋や背中にキスを落とすので、ぞくぞくとした淡い快楽にラギーは震えながら堪える。

「……っ、ぁ、レオナさ……っ」
「お前はそうじゃなかったって言うのかよ、ラギー」

早く会いたいと思っていたのは俺だけか?

そう聞かれて、ラギーはたまらない気持ちになった。レオナの腕の中で体を反転し、向き直ってその顔を見上げる。

「……ずりいっスよ、あんた」
「そりゃ光栄だな」
「全然褒めてないっス……」

ラギーは心底悔しそうな表情でレオナを睨みつけた。しかしその瞳は潤み目尻は赤く染まっており、レオナを喜ばせる要素にしかならなかった。
レオナが体を起こし覆い被さる体勢を取ると、ラギーは観念したように体を弛緩させ、レオナの頬に両手で触れた。

「この現状が答えってことで、勘弁してくださいっス」

頬から首に移動した手はそのまま後ろに回り、レオナを引き寄せようとする。
レオナはされるがままに体を屈め、鼻を擦り合わせてから唇を重ねた。

その時、ぐるる、と喉を鳴らしたのは、果たしてどちらだったのか。それは二人だけが知っている。

END