XY/3

某染色体の歌が三人のことにしか聴こえなくなったので書きました。
末永く幸せになってほしいハピエン厨の妄想です。

・三人暮らし
・色んな軸から設定だけ引っ張ってきた捏造平和軸

気が済むまで妄想壁打ちするリベ垢
名前は違いますが、ほわる本人です。

 ふと目が覚めた。見慣れた白く高い天井、三人で寝てもゆったりとしたサイズのベッド。花垣が住んでいる部屋の寝室だ。
 時計を見ればまだ早い時間なのに、部屋は朝日に照らされて既に明るい。外はきっといい天気だろう。
 こんな日は洗濯物を外干しするのにうってつけだが、体温で温もっているベッドは、すぐに抜け出すには惜しいほど心地よくて、結局身じろぎするだけに留めた。

 少し視線をおろすと、花垣の首元へ収まるようにして眠る九井がいる。吊り上がった眉は起きている時よりも幾分か和らいで、口を僅かに開けて静かに寝息を立てており、無防備な面差しに誘われるように手を伸ばした。
 九井のアシンメトリーな髪は、セットしていないのもあって、いつもより緩やかなウェーブを描いている。
 普段この髪に指を通して梳くように撫でると、九井は目を細めて手のひらに頭を押しつけてくるのだが、それがまるで猫のようで、ぐるぐると喉の音が鳴っているように錯覚するほど嬉しそうにしてくれる。
 左半分は綺麗に刈り上げられ、複数の剃り込みが入っている。綺麗な曲線は毎日きちんと手入れされており、一度洗面台に立つ姿を後ろから観察していたら、照れた九井から、お揃いにしてやろうかとバリカンをあてられそうになって慌てて逃げ出したことがある。端正な顔立ちの九井だから似合うのであって、凡人を極める自分が同じことをしたとしてイケメンになれる訳ではないのだ。
 剃り込みを親指でなぞると、生えかけの髪が指の腹をそりそりと撫でて気持ちがいい。無心で撫でていたら、ふ、と九井の唇から短い吐息が漏れた。

「くすぐってえ」
「ごめん、起こしちゃいました?」
「んや、ちょっと前に起きてた。けど、手、きもちかったから」

 いつもの達者な弁舌さは鳴りを潜め、まどろみながら発する声はとろとろとしている。
 綺麗に浮き出た喉仏を、猫をあやすようなそれで撫でれば、やはりぐるる、と心地よさそうに低く唸るからたまらない。

「今日、休みだろ?」
「うん」
「もうちょっと寝てようぜ」

 まるで起きようか悩んでいたのを知っていたかのように言うものだから、花垣は笑って従うしかなかった。
 了承されたことを確かめた九井は、ちゅ、と花垣の鎖骨に唇を押しつけてから、肩口に顔を埋めて再び寝息を立て始めた。花垣も、九井の頭を抱き込むようにして鼻先を埋め、目を閉じようとした。
 すると、今度は反対側から、逞しい腕が腰にしっかりと絡んで、背中に押し付けられる体温があった。
 顔を上げて振り向けば、視界の端で色素の薄い金髪が間近で揺らめいている。

「イヌピーくんも、起こしちゃいました?」

 腰へ絡む腕を撫でれば、そのまま乾の手に捕まって、重ねるように指が絡んで握られた。

「花垣、俺も」

 撫でて。
 そう言わんばかりにうなじに額が擦り付けられる。請われるままに身体を捩って右手を後ろに上げれば、手のひらに柔らかな髪が押しつけられた。指を差し込んで優しく撫でると、乾が満足そうに息を吐く。

 九井が猫とするならば、乾は犬だ。好意を惜しげもなく晒して全力で花垣に甘えてくる。
 手のひらに擦りつけられる頭も、腰に絡む腕もだんだんと強みを増して、もっともっととねだられているように錯覚する。尻尾が生えていれば、きっと今頃布団を捲り上げる勢いで振られていることだろう。

(かわいいなあ)

 可愛い。愛おしい。
 見目も麗しい二人は引く手数多だろうに、花垣を選び慕い、こうしてぴたりと身を寄せてくれるのが嬉しい。おかげで自分はもう、このふたつの体温が無いと駄目になってしまった。

(贅沢だなあ)
 
 出会った頃は敵だった。狡猾に、巧みに情報と金を操って、どこへ所属しようとその手腕を重用される九井。人形のような綺麗な顔とは裏腹に、鍛えた体に鉄パイプを振り回しながら相手が潰れるまで叩きのめす豪胆さと荒々しさを持つ乾。
 二人と相対してはその度に打ちのめされ、仲間を傷つけられた。到底分かり合えない、救いようのない相手だと思っていた。
 けれど、聖夜決戦を境に味方となった二人の本質を知っていくうちに誤解だったことを知り、やがて、花垣にとってかけがえのない仲間になった。

 友愛だった筈のそれに、熱が灯ったのはいつからだったのだろう。気付けば惹かれていた。
 二人のことを目で追って、離れている時も考えるようになった。それでも想いが成就することは無いと思っていたし、それでいいと思っていた。
 この気持ちは墓場まで持っていこうと決意までしていたのに、まさか同じ気持ちを返してもらえる日が来るなんて思わなかった。

 花垣の手から乾の頭が離れた。体を起こした乾に真上から見下ろされ、どうしたのだろうと見つめていると、端正な顔が降りてきて唇が重なる。
 甘んじて受け入れると嬉しそうに乾の目が細まるので、花垣はまた愛おしさに胸が苛まれる羽目になった。
 
 花垣にとって、今日は特別な日だ。誰かの誕生日でも記念日でもないけれど、三人で共に過ごしていたいと、花垣は二人にお願いした。
 この日を乗り越えられたら、きっと自分はもっと二人と笑っていられる。そう信じて。


 リビングのソファに座った九井は、テレビを付けてニュースにチャンネルを合わせ、それをBGM代わりにしてタブレットを開いた。
 株の値動きを確認し、情勢と照らし合わせて運用状況を整理していると、シャワーを浴び終えた乾が洗濯カゴを提げて部屋に入ってきた。九井を見るなりため息をつく。

「今日は仕事しねえって約束だろ」
「わかってるって。あいつまだ寝てるし、少しだけ目瞑ってくれよ」

 会社のことは稀咲がいるので任せておけばいいのだが、長年の稼ぎ癖はもう体に染み付いており、利益を得るタイミングが出来ると手を付けずにはいられない。
 それに、今触っているものは九井個人の持ち金で回している分で、花垣と乾の為に作った金だ。二人に経済的な苦労をさせないことが九井のアイデンティティーなので許して欲しかった。
 乾がソファを通り過ぎてベランダの窓を開けると心地のいい風が入ってくる。乾燥機もあるのだが、今日みたいな快晴は絶好の洗濯日和だと花垣なら言うに違いないと思ったので、乾はいそいそと物干し竿に洗濯物をかけているのだった。
 九井もベランダに近づいて、乾の背中越しに空を仰ぎ見る。
 
「いい天気だな」
「ああ」
「花垣が起きたら、どっか出かけるか?」
「今日は家で過ごしたいって言ってただろ」
「あーそうだったな」

 九井は踵を返してワインラックから一本取り出した。

「日中から飲む気か?」
「どこも出かけねえならいいだろ。イヌピーもどうだ?」
「なんかちょうどいいツマミあるか」

 キッチンを漁ってみると、花垣の好きなスナック菓子が見つかった。選んだワインとの相性としては微妙だが、ストックがたくさんあるので、ひとつくらい頂戴しても文句は言われないだろう。
 コンソメ鬼パンチ味のポテトチップス。どのあたりが鬼でパンチなのかいまいちわからないが、これを美味しそうに頬張る花垣の顔を見るのは好きだった。そう思うと酒の肴としては上等だと思うあたり、己の盲目さに笑ってしまう。
 乾にも掲げて見せてやると、まんざらでもない顔で頷いたので、また笑いが漏れた。

 親友と想い人が重なり、争うこともなく三人で暮らしているこの状況は、外から見れば異常にすら思われるかもしれない。それでも自分達はこの状況に満足しているし、幸福を見出している。
 こんな奇跡は、相手が花垣であったからに他ならない。花垣でなければ己も乾も、今も出口の見えない闇の中を歩いていたかもしれない。
 眩しいくらいに照らす太陽のような花垣を乾が捕まえて、そして二人で己に手を伸ばしてくれた。それがどれだけ九井の胸を衝いたか。
 九井は、一生を賭けて二人に恩を返すと心に決めている。

 まずは花垣の為に、乾と一緒に洗濯物を片付けよう。そしてワインとスナック菓子で、この愛しい日々にささやかな乾杯をするのだ。

 時計を見ると正午が近い。そろそろ花垣も起きてくるだろうと、乾が寝室へ向かうと、ベッドはもぬけの空だった。
 シーツの皺や剥がされた掛け布団には、確かに今まで寝ていた痕跡が残っている。シャワーを浴びに行ったのだろうか。
 床に落ちている花垣のシャツを拾い上げて、浴室の方へ向かおうと歩き出すと、不意に後ろから抱きしめられた。
 
「へへ、びっくりしました?」

 毛布に包まった花垣が、悪戯が成功した子供のような顔で乾を見上げてきた。
 体を反転させて正面から抱きしめてやると、花垣がクスクスと笑って背中に手を回してくる。

「体は平気か?」
「うん、腰はちょっとダルいけど」

 労わるように毛布の上から腰を撫でてやると、花垣がくすぐったそうに小さく震える。
 自分がしたことに反応する花垣が愛しい。そのまま手離すのが惜しくなって、顔中に唇を落とした。最後に唇へキスをして額をつけ合わせる。
 至近距離で見つめる花垣の大きな瞳には、眦を緩ませた自分の目が映っていて、随分幸せそうだと他人事のように思ってしまった。
 
「二人とも何してたんすか?」
「リビングでくつろいでただけだ。あと、洗濯物干した」
「え!ありがとうございます!俺も今日は外に干したいなって思ってて」

 大したことをした訳ではないのに、満面の笑みで花垣に褒められると、それだけで大業を成した気持ちになってしまう。
 嬉しさが積もっていく心地にどうしようもなくなって、懐くように額を擦りつけた。

「なんかご褒美くれよ」
「ご褒美かあ……うーん、何かしてほしいことあります?」
「何でもいいのか」
「いいっすよ」

 イヌピー君がしたいことなら、何でも。そう言って花垣が笑うから、それだけで乾は胸がいっぱいになってしまった。
 花垣に関してなら際限なく欲を持っている自信があるのに、今は何ひとつ具体的に浮かんでこない。自分からねだったくせに、もったいない。
 だって、乾の返答をじっと待っている花垣を見ているだけで満たされてしまうのだ。花垣の視線が、意識が自分に向けられているという、それだけで。
 考えあぐねた末、乾は花垣を抱きしめる手に力を込めた。

「……もうちょっとこのままでいたい」
「それが、してほしいことですか?」
「だめか?」
「ダメじゃないですけど、まあ、イヌピー君がそれでいいなら」
 
 頷いた花垣が、乾の背中に手を回し直して隙間が無いように密着した。肩に顎を乗せて背中をあやすように撫でると、ぎゅうぎゅうに抱き返される。
 喜んでくれたようで何よりなのだが、いかんせん力が強すぎた。花垣は息苦しさに、ぐえ、カエルが踏まれたような声を上げたが乾が力を緩めてくれる気配は無い。
 乾の背中をタップして必死にアピールしていると、背後から九井の笑い声が聞こえてきた。

「花垣死にそうになってるぞ、イヌピー」

 そこでようやく力を入れ過ぎていたことに気付いた乾が腕の力を緩めた。
 九死に一生を得た心地で花垣がほっとしていると、花垣の正面にまわった九井が顔を覗き込んできたので笑みを返す。
 
「おはようございます、ココ君」
「はよ。なあ、俺もイヌピーと一緒に洗濯物干したぜ」
「あはは、ご褒美っすか?」
「うん」
「何がいいんですか?」
「花垣と一緒に風呂入りてえ」

 それを聞いてむくれたのは乾だ。振り返ってジトリと九井を睨み付けると、面映ゆそうに九井が舌を出す。

「くそ、やられた。狙ってたなココ」

 乾が目覚めた時、九井は既に起きてリビングにいたので、シャワーはとっくに済ませたと思い込んでいた。はじめから花垣が起きるのを待っていたのだろう。
 悔しそうにしている乾から花垣を引き寄せると、案外素直に乾の腕が離れた。そのまま花垣を横抱きに持ち上げると、慌てた花垣が落ちないように九井の首にしがみつく。
 されるがままだった花垣は、どうしたものかと二人の顔を交互に見比べていただが、自分の腹がグウ、と空腹を訴えたので、少し考えてから乾に向き直った。

「イヌピーくん、俺、カレーが食いたいっす。上がったら手伝うんで、先に作っててくれませんか?」
「いいねえカレー。俺も食いてえ」
「……はあ、分かった。早く上がってこいよ。遅かったら突撃するからな」

 自分抜きで風呂場でイチャつかれないように乾が釘を差すと、花垣と九井からハーイと良い返事が返ってきたので、苦笑しながら浴室に向かう後ろ姿を見送った。
 九井に出し抜かれたことは悔しかったが、それだけだ。もしこれが他の人間であったなら、迷わず家から叩き出しているのだろうが。

 花垣も九井も、どちらも乾にとって大切な存在だ。二人と過ごす毎日が、乾にとって一番重要なものだった。
 東京卍會が解散になり、各々が自分のやりたいことに向かって生きている中、こうして共に生活できる今が信じられないほどに幸せだった。
 ずっとこのままでいたいと思えば思うほど、ぬるま湯のような幸せばかりに目を向けて、凄惨だった過去を隅に置いやってしまいそうになる。
 けれど、あの苦しみや葛藤があったからこそ、こうして三人で共にいられることを乾は知っているから、毎日を噛みしめるように生きていたいと思っている。

 二人が浴室から出てくるまでに、カレーの下ごしらえまでくらいは済ませよう。
 髪を乾かしもせずに出てくるだろうから、材料を煮立たせている間にドライヤーをあてる役も務めたい。
 その後は三人で皿を用意して、カレーを盛り付けて、ああ、それとサラダも。
 自分一人では生まれない温かな気持ちにくすぐったさを覚えながら、乾はキッチンへ向かった。
 


 この日一日、三人は一歩も外に出なかった。
 別にそのこと自体は珍しくないが、いつもと違う点を強いて挙げるとすれば、花垣がいつもより甘えたがりになっていたことだ。部屋で過ごしたいと言い、二人に触れたがり、傍にいたがった。
 乾も九井も、花垣に求められることは歓迎の一択だったのですべてを受け入れた。
 そうして一日を共に過ごし、日が暮れ、夜も深まる頃、眠りにつくのを惜しむように三人はソファに寄り添って映画を観ていた。
 それでも、エンドロールが流れると気も緩んで、乾は思わず出た欠伸を噛み殺した。
 日付もちょうど変わったようだし、そろそろベッドに入ろうか。そう二人に言おうと思ったタイミングで、あのね、と花垣が先に口を開いた。

「今日、俺の命日だったんです」

 一瞬で世界が止まった気がした。

「って言っても、こうして生きてるんですけど。死ぬ原因も取り除いてたし、死ぬ訳も無かったんですけど。それでも、ちょっと心配で。だから二人にワガママ言いました」

 ふた月くらい前だっただろうか。花垣が、この日に休みを入れてほしいと言ってきた。何か用事があるのか訊ねたが、たまには三人で一日中ダラダラ過ごしたいのだと曖昧な返答が返ってきた。
 花垣の言動に脈絡が無いことは昔からよくあることで、その時も言われた言葉そのままを受け取って、大して不審にも思わず頷いた。
 しかし今の言葉を聞いた後だと、とんでもない過ちを犯した気分になって指先がたちまち冷たくなっていく。
 乾が固まったまま花垣を凝視していると、同じように花垣を見ていた九井が、花垣、と名を呼んだ。随分と頼りない声だった。花垣は答えず、そのまま話を続けた。

「死んだのって、外に一人でいる時だったんで、同じような状況になるのが不安でした。他人と会うのも怖かった。だからなるべく家にこもっていたかった。それでも、どうにもならないこともあるかもしれない。だから、もし死ぬんだったら、二人の傍がいいって思ったんです。……黙っててごめんなさい」

 はながき、ともう一度九井が名前を呼ぶ。その手は震えていて、おそらく、乾も同じように震えているのだろう。花垣が二人の手に自分の手を重ねて、安心させるように微笑んだ。
 
「でもね。俺、ちゃんと生きてます。これからも二人と一緒に生きていける。そのことが、今、心底嬉しいんです」

 花垣の手が二人から離れてポケットを探る。取り出されたのは小さなビロードケースだった。
 
「俺、イヌピー君とココ君のことが大好きです。ずっと一緒に笑って生きていきたい。だから、よかったら、これを受け取ってくれませんか」

 ケースの中に入っていたのは3つの揃いの指輪だった。装飾のないシンプルなシルバーリング。内側には今日の日付と、それぞれの名前が刻印されている。
 乾と九井は手の平に乗せられた指輪をそれぞれ見つめた後、やがて深々と溜息を吐いた。

「もう付き合いも長えから、驚くことなんて余程じゃねえと無いと思ってたけど……」
「安心しろココ。これは余程の事態だ」
「だよな?なんなのコイツ……?やっぱ一生制御できる気がしねえわマジで」
「安心しろココ。俺もだ」

 項垂れながら呟く二人に焦った花垣は、眉を下げて慌てだした。
 
「す、すんません。ほとんど俺の自己満足だったし、余計な心配させるのもなって……あっ、指輪も、記念に何か贈りたいなって程度で……やっぱ重いっすよね?でも、嵌めなくてもいいから引き出しの隅っことかにでも置いてもらえたら、それだけでも嬉しいっていうか……わぷっ!」
「あーうるせえうるせえちょっと黙れ」

 九井が花垣の両頬を思いきり手で挟んで睨みつけると、花垣はしゅんと肩を落とした。
 大人しくなったのを確認した九井が両頬を離したかと思うと、目の前に先程渡した指輪を差し出してきたので、花垣はいよいよ泣きそうに目を潤ませてしまう。

「いくらお前が鈍いって言っても、指輪渡すのってもっと大事なことだってわかるよな?」
「……は、はい……」

 諭されるように言われて、花垣の心が重くなる。迷惑だと思われてしまったのだろうか。
 二人のことが大好きで、その気持ちを形にしようと思ったら、もう指輪しか思いつかなかったのだ。自分でも名案だと思い、二人が喜んでくれる顔すら想像していた。
 まさか受け取ってももらえないとは思わなくて、贈ることを決めたあの日にタイムリープして自分を殴ってやりたい気分だった。
 そんな花垣に追い打ちをかけるように、乾が自分の左手を突きつけてくる。

「こういうのって、贈る側が指に嵌めてくれるんじゃねえのか?」
「そうっすよね、ほんとにごめんなさ……え……?」

 花垣が顔を上げると、九井も同じように左手を開いてみせる。
 
「ただ渡すだけって、色気が無さすぎだろ」

 目を丸くした花垣が返事をしないうちに、九井がビロードケースに目を向けた。
 
「当然、お前のもあるんだろ?」
「え、えと、ハイ……一応」
「だよな。……どうするイヌピー?ジャンケンで決めるか?」
「俺ら黒龍だぜ?正々堂々と拳で決めるぞ」
「マジ?俺、勝てる気しねえんだけど。……なあ花垣、ジャンケンでもいいよな?いいって言ってくれ」
「えと……何を決めるんすか?」
「はあ?ンなの決まってんだろ。お前の指にリング嵌める役だよ」

 ぽろりと、花垣の目から涙が溢れた。緩い涙腺は一度決壊すると止まらず、ポロポロと涙の雫が花垣の頬を滑り落ちていく。

「う、受け取ってくれるんすか?」

 袖で目を擦りながら訊ねると、乾と九井が顔を見合わせて噴き出した。その表情は、二人が花垣だけに向ける優しい笑顔だった。

「返せって言ったって、絶対返さねえ」
「先越されたのは癪だけどな。受け取るに決まってんだろ」

 花垣が震える手で二人から指輪を受け取ると、それぞれの左手の薬指に嵌めた。
 自分の指輪は、ジャンケンで決めてもらった。負けてしまった乾が不服そうにしながら花垣の手を支えると、九井が薬指に嵌めてくれる。
 三人の指に収まった指輪を見て花垣がまた感極まっていると、両側から二人に抱きしめられた。

「……マジで肝が冷えた。命日とか、死ぬとか」

 乾が顔を花垣の頭に押し付けながら消え入りそうな声で呻いた。胸が痛んで花垣が謝ろうとすると、九井の抱き締めてくる腕も強くなる。

「いいか花垣。俺らは一蓮托生だ。変な遠慮して一人で勝手に動いたり、我慢しようとすんな。その方が、俺らに迷惑掛けると思え」
「……はい」
「ココ。こういう時、誓いを立てるだろ。あれやろう」
「……今それを言わなくて済むように、別の言い方したんだけどな」
「あはは……確かに、ちょっとハズいっすね」
「そんなもん、二人と離れ離れになるよりずっとマシだ」

 こういう時、乾のまっすぐさが羨ましくなる。九井も同じことが出来たなら、被らなくて済む問題もいくつもあっただろう。
 本人にそう告げたこともあるが、それはそれで、別の問題が発生することもあるから、ココみたいに頭が良くなりたいと言われたことも思い出した。
 つまりそういうことだ。同じである必要は無い。その分、互いに補い合えばいい。そうして支え合って生きていけば。
 花垣が咳ばらいをした。どうやら先陣を切ってくれるらしい。流石俺達のボス、と九井が笑う。
 何度か深呼吸をしてから発せられたそれに応える為に、同じように息を吸った。


END