(なんだこの可愛い生き物は。)
間近にある信の表情を観察しながら、何度思ったか知れない感想が昌平君の頭に浮かんだ。
腕を取りこちらに引き寄せた。すると、昌平君が何をしようとしているか察した信は、きゅ、と唇を引き結び、顎を僅かに上げて目を瞑った。もちろん、口付ける為に引き寄せたのだが、まさかこれほど従順に受け入れようとする様を見られるとは思わなかった。
前触れも無く触れたので、きっと照れて身じろぎするだろうと予想していた為、左手は強めに腰を抱いたままだ。代わりに右手は二の腕を優しく撫でてやる。ゆっくりと顔を近づけると、信も瞼越しに視界が陰るのが分かったのか、目尻を赤く染め、眉根を寄せて、施される口付けを今かと待ち構えていた。
この動作すべて、昌平君から口付けられる為のものだということに、昌平君はたまらない気持ちになる。早く口付けてしまいたい気持ちもあるが、この、触れるまでの刹那的な瞬間をもっと堪能したいと思った。
ゆっくりと額を合わせると、年中風に晒され乾燥した信の跳ねた前髪が、昌平君の額をくすぐった。額を押しつけながら、今度は鼻先に触れると、信が短く息を止めたのが分かった。触れている左腕が強張り、全身で訪れる瞬間を待っている。
この強張りが、唇に触れることで次第に解れていき、終いには力が入らずに、縋るように己の服の袖を掴むことを知っている。深く口内を蹂躙すれば、苦しさと愉悦で漏れ出す吐息や、目尻から零れる生理的な涙も知っている。
それらすべてが昌平君を魅了してやまないものだ。早く欲しい。けれど、まだ終わらせてしまう気にもなれない。
(焦らされているのは、一体どっちだ)
開いたままで乾きだした己の唇を、宥めるように舐めて湿らせたと同時、ふるりと信の瞼が震えた。待ちわびている感触がいつまでたってもやってこないことを不思議に思ったのだろう。おそるおそる開いた目は、間近にある昌平君の瞳を捉え、驚きで丸くなった。
「……っな、に……近ェ、よ……っ」
驚きで羞恥心を取り戻した信が身じろぎしだした。昌平君は舌打ちしそうになるのを堪え、逃がすまいと抱いている腰を引き寄せた。離れてしまった額をもう一度合わせて見つめれば、信がビクリと震えて大人しくなる。しかし、その後も一向に動き出す気配の無い昌平君の意図が分からず、焦りと混乱で信は再び口を開いた。
「なあ……っ、何が、したいんだよ」
「……」
「……っ何か、言えよぉ……」
とうとう信が涙を浮かべるのを見届けた後、昌平君は目を細め、唇を重ね合わせた。信は抵抗することも忘れ、街ち望んだ感触に体を委ねて目を閉じる。
「んぅ……、っ……ん」
ゆっくり押しあてられた後に離れ、角度を変えて何度も口付けられのが気持ちよくて、信は無意識に昌平君にしがみついた。
まるでもっとしてほしいとせがんでいるかのような仕種に、昌平君は笑みを浮かべてしまう。
止まりそうもない衝動を自覚して、昌平君は、寝台までの距離を目測しつつ、いかにこの可愛い生き物を堪能しつくすか、全力で思考を巡らせるのであった。
終