心酔の良し悪し 1

「な……っんで、あんたがここにいるんだ!?」

隊員たちの準備が整い列を成す頃、欠伸を噛み殺しながら隊の正面へ現れた信は、既に訪れていた河了貂とともに立っている男の姿を見て目を見開いた。
驚愕する信の声に振り向いた長身の男は、他人の空似でも何でもない、秦国軍総司令官、昌平君その人だったからである。

「やっと来たか。もっと早く来い。隊員へ示しがつかぬ」

会うなり窘めにかかった昌平君に、河了貂が慌てて弁解を始めた。

「いつもは信も、もっと早いんです。昨日は皆して飲んだくれてたから」
「それも常のことではないのか」
「つ、常です…ってなんでご存知なんですか」
「隊長本人に聞いたからな。戦の前は前哨戦と称して酒を飲むと」
「あ、あはは……。……信。もう素直に謝っておけよ」
「うるせえ!ちゃんと起きてきたんだからいいだろ!っていうか!だから!なんで軍総司令が一個隊の任地にいるんだよ!」
「それは……」

説明しようとした河了貂を、昌平君が手で遮った。

「貂。隊へ本日の作戦を先に説明しておけ。信。お前は俺についてこい」

隊から離れ、天幕よりも奥の森の中へ向かい、やっと昌平君が歩みを止めたところで、信は我慢が限界とばかりに口を開いた。

「もういいだろ。ここにいる理由を説明しろよ。今度の戦は小規模の守備戦だ。あんたが自ら出てくるようなものじゃない筈……まさか、また何か敵の重大な企みでもあったのか」
「そうではない。小規模の守備戦だから来たのだ。現在、他の地でも切迫した戦になっている場所は無い」
「……?じゃあ尚更なんで、」
「お前の顔を見に来た」
「へ?」

振り向いた昌平君はそのまま信に近づき、動けないでいる信の腕を取ってすぐ後ろの木に縫いつけた。

「隊長として戦場を駆けるお前の姿が見てみたかったのだ。河了貂の相談役と、現場の見学を口実にしてここに来た」
「は……!?な……っ、そ、そんなことで王宮を離れたのかよ!?」
「無論長期ではない。見届けたらすぐに帰る。お前たちの邪魔はせぬと約束する」

頬を撫でられ、昌平君の近さに信は顔が熱くなった。
自分達は親密な関係にある。でもその関係を紐とくのはおよそ二人しかいない場所にのみ限られ、こんな大人数がいる戦の地では有り得ないことだった。
焦る信をよそに、昌平君は勝手知ったるとばかりに頭を撫でたり腰を抱き寄せてくる。

「や、やめろ。今すぐ帰ってくれ」
「……黙って来たことは謝る」
「そういうんじゃなくて、だな。俺、絶対使いモンにならねえから」
「今や5千人を率いる将が弱気なことを言う」
「だって!……あんたが傍にいるとか俺、顔ゆるむから。ぜってーだらしねえ顔してるから!」
「信」
「隊にも示しつかねえだろ!?」

真っ赤な顔で必死に懇願してくる信を見て昌平君は、その雄姿を拝むことを諦めることにした。
その代わり、今度来る時は正体を明かさずに隊員として紛れ込むこと、また、今晩は抱きつぶしてから帰ることを真剣な顔で決意したのだった。