信の休暇の終わりが近づくにつれ、寂寥感に胸を苛まれるのは二人とも同じだった。戦に行ってしまえば当分は帰ってこられない。少なくとも三か月、遅い場合は年を跨ぐ可能性もあるだろう。
奔放な信の成長を見守っていたい気持ちと、このまま屋敷に閉じ込めてしまいたい気持ちに、昌平君は板挟みにされていた。体に痕を付けるのは散々やったし、やめるつもりもないが、どうしたっていつかは消える。
どうにかして信を己の内に繋ぎ止めておきたい昌平君は、ある名案を思いついた。
「服? これくれるのか?俺に?」
「そうだ」
昌平君は一枚の着物を信に渡した。
信が受け取った着物を広げてみると、淡い紫色をしており、すっかり慣れた香の匂いが鼻腔をくすぐった。そして、袖を通してみると、手は裾から完全に隠れてしまい、肩もずり落ちそうになる。
「……なあ、これって、あんたの着物じゃねえの」
「そうだ」
即答した昌平君に、信は訳が分からないという顔で首を傾げた。
「これ、俺が着ていいやつか?」
「その為に渡したのだが」
「いや、見ろよこれ。ぶかぶかだって。こんなんじゃ着れねーよ」
「上から甲冑を着るなら裾など大して邪魔にならぬだろう」
昌平君の考えはこうだ。
自分の着物が信の体を包んでいるのであれば、信の体を守るのと同義であり、また、信も常に昌平君の存在を意識できるという腹づもりだ。我ながら良い案だと昌平君は自画自賛して頷いた。
しかし、信の顔は喜ぶどころか曇ったままである。
「……俺、着れねえ、こんなの」
ガーン
昌平君は見るからに落ち込んだ。
少し頬を赤らめて、「昌平君の匂いがするな」なんて可愛いことを言ってくれるかもしれないというところまで想像していたので、まさか拒まれるなど露にも思わなかったのである。
昌平君の反応に、今度は信が焦りだした。
「ばか、ちげえ。嫌とかそんなんじゃねーよ!」
「じゃあ何故だ……」
今にも膝から崩れ落ちそうな昌平君に、目線を泳がせながら、だってよ、と信がしぶしぶ言葉を続けた。
「あんたの着物、汚したくないし。戦なんかに着て行っちまったら速攻で汚れちまう。それは、ヤだし。あと、身軽な方が楽だから、袖とか無くすことになるかもしんねーし」
本人が言うように、信は少年の頃からずっと身軽な格好をしている。それは昌平君も承知していたことだ。
「汚せばいいし、破いても構わん」
「………やだ……」
羽織った服の裾をぎゅっと握りしめ、信は唇を尖らせてうつむいた。
昌平君は、先程まで落胆していた自分を殴ってやりたい気分だった。信は、昌平君から貰ったものを大事にしたいと言ってくれているのだ。胸にこみ上げてくる愛おしさに任せ、昌平君は着物ごと信を抱きしめた。
「よい。汚して破いてボロボロにしろ。そして、帰還したら俺に返せ。それを見て、俺はお前が如何に勇猛果敢に戦ったか感じることができる。離れている間のお前を知ることができるのだ。こんなに嬉しいことは無い」
「昌平君……」
信はしばらく大人しくしていたが、やがて顔を上げ、昌平君を抱き返した。
「わかった。ありがたく貰っとく。そんで、帰ってきたら、またあんたに返すよ」
「ああ、それでいい」
ようやく信に笑顔が戻り、昌平君も安堵して微笑んだ。
「でも、なるべく大事にすっから!」
「ふ、期待している」
意気揚々と宣言する信に頷いた昌平君は、しかしすぐに袖など破いてしまうのだろうなと、遠くない未来の姿を想像して、再び笑みを刻むのだった。
終