一頭の馬で出掛けてみた


「風邪ェ?」

出掛ける支度をして外に出てみれば、一頭の馬に鞍付けしている昌平君がいた。
本来ならばもう一頭、信が乗る馬が並んで待っているはずだったが、どうやら体調が悪く、今回の遠出には連れて行けないらしい。
心配したが、ただの夏風邪で大事は無いようだ。馬も大変だなと思いながら、黙々と準備を進めている昌平君に首を傾げた。

「一頭しかいないなら遠出は無理じゃねえか?」
「遠出と行っても何日も走る訳ではない。大丈夫だろう」
「……?いや、一人は歩くのか?交代で乗るのか。まあ急ぐ用事とかじゃねえけどよ」
「そんなことをしていては日が暮れる」

そんなこともわからんのか、と言外に呆れられた気がして、信は眉を顰めた。

「じゃあどういうことだよ。そいつはあんたの馬だろ。あれか、俺は留守番ってことか!自分だけ楽しんでくるつもりだな!ずりぃぞ!」
「そんな訳がなかろう」

今度は溜息をつかれた。なんだよわかるように説明しろ!と信が地団駄を踏んだところで、鞍付けを終えた昌平君が馬に乗った。よく見るとその鞍は一人用にしては少し幅が広く、昌平君が乗っても前部に余裕がある。
信がきょとんとしていると、手を差し出された。

「ほら、乗れ」
「え、まさか、二人で乗るのか」
「そうだ」

実際、二人で馬に乗ることは難しくない。鞍が二人用だと思えば余裕があったのにも納得がいく。
だがしかし、それはつまり、目的地に着くまで密着しているということだ。想像しただけで、信は胸の動悸が急激に速くなるのを感じた。
一向に手を取る気配も無くかたまっている信の様子に、焦れた昌平君が急かすように呼んだ。

「いつまでそうしている気だ。本当に日が暮れてしまうぞ」
「……いや、でもよ」
「信」
「う、」
「おいで」
「……うう」

有無を言わさぬ昌平君の声に、信は諦めたようにその手を取った。引き上げられ、昌平君の前に跨ると、体勢を整える為に身動ぎした昌平君が、信の腰を抱いて自分の方へ引き寄せる。

「うおおおお」
「変な声を出すな」
「だって、近ぇよ、これ」

予想よりもずっと近い距離感に焦る信を眺め、昌平君は少し考えてから耳元に唇を寄せた。

「……行くぞ、信」

低く囁くと、信の体がびくりと揺れる。表情は見えなかったが、耳からうなじまで赤く染まった様子が、信の心情を物語っている。
その反応に殊更満足した昌平君は小さく笑った後、手綱を引いて馬がゆっくり歩き出す。

「なあ、せめて位置交代しねえ…?」

信の必死の懇願も届かず、出掛けてから帰ってくるまで、昌平君は終始ご機嫌だったという。