11BDサンド ココ武と、見守るいぬぴと、巻き込まれるキサキ 三人暮らし、TK&KK設定の謎平和軸 気が済むまで妄想壁打ちするリベ垢 名前は違いますが、ほわる本人です。
花垣は九井からもらったメッセージをスマホで何度も確認しながら、空港の発着掲示板を見つめていた。海外出張を終えた九井を乗せた飛行機は、もう間もなく空港へ到着する予定だ。
仕事柄出張の多い九井を送り出すことは慣れているが、海外となると滞在も長期になり、時差があるせいで連絡も取りづらい。そうなればやはり寂しさは募って、九井の帰国日を記したカレンダーを眺める回数も増えていった。
明日に帰国となった電話越しに、九井が早く会いたいと甘やかな声で告げてくれるものだから、花垣の我慢も限界に達してしまった。急き立てられるように乾に飛びついて、サプライズで空港まで迎えに行こうと持ちかけた。
そして、こうして乾と二人、到着ロビーで九井が帰ってくるのを今か今かと待ち構えているのだった。
「なかなか出て来ねえな」
「うーん、荷物の受け取りとかもあるだろうし、もう少ししたら……」
予定の到着時刻が過ぎてしばらくすると、ゲートの向こうから人が次々とやってきた。花垣達の待ち人もその波に混ざっているだろう。そわそわと落ち着かない気持ちでいると、ようやく九井の姿が見えた。
花垣は破顔し、気付いてもらおうと手を上げたが、何かに気付くと慌ててすぐに手を下ろしてしまった。
乾は訝しんで、花垣の背後から九井を探す。
混雑する人の波から見つけた九井の隣には稀咲がいた。それはいい。二人での出張だったのは知っている。問題は、その反対側に、九井へ寄り添うようにして腕を絡めて歩く女性がいたことだった。
近くにあった柱の影に花垣が隠れ、乾もそれに続いて到着ロビーの様子を伺う。九井達はゲートを出たところで二、三言葉を交わし、あっさりと別れた。九井と稀咲は花垣達と反対方向に、女性はこちらへ向かってくる。立ち振る舞いが艶やかな美女だった。長い髪をなびかせて颯爽と二人の横を通り過ぎると、ふわりと花のような香りが鼻腔をくすぐった。
「多分、仕事関係で偶然乗った飛行機が一緒だったとかだろ」
気にする必要はないと、乾が花垣の頭を優しく撫でる。そうでなければ、九井と花垣達の関係を知っている稀咲が涼しい顔をしている訳がないし、そもそも九井が同じように女性をエスコートしている場面を見るのも、実はこれが初めてではなかった。
「……わかってます」
乾は花垣の顔をのぞきこんだ。言葉とは裏腹に、頬を膨らませて拗ねている。
そのままじっと見つめていたら、居心地悪そうに唇を尖らせた花垣が、見るなと言わんばかりに手のひらを乾の顔に押しつけてくる。思わず笑いそうになって、乾は堪えようと口をむにりと歪めた。
これは一波乱あるかもしれない。九井が出張に行っている間、花垣を独り占めしていた身としては同情を覚えないでもなかったが、いつも飄々としている親友は、花垣に関することになると途端に余裕の無さを見せることが多い。その様子がいかにも人間臭くて、乾は好きだった。もしかしたら今からその光景が見られるかと思うと、楽しみだとすら思ってしまう。
もちろん二人を仲違いさせたい訳じゃないのでちゃんとフォローもするが、少しだけ静観してみてもバチは当たらないだろう。
乾は押しつけられた花垣の手を掴んで自分のと絡めると、九井達の後を追う為に意気揚々と歩き出した。
解せぬ。
乾とタクシーに乗った九井は、前を走るもう一台のタクシーを睨みつけてぎりぎりと歯軋りをしていた。
遡ること数分前。稀咲がタクシーの手配をしている間、長距離フライトで凝り固まった体を解すように背伸びをしていると、遠くから花垣と乾が手を振りながらこちらに向かってきたので、九井は思いきり驚いた。
「なんでここに、え、来るって連絡くれてたか?」
「驚かせようと思って、内緒で来ちゃいました!」
はにかむように笑った花垣に、九井は感動して本気で泣きそうになった。
湧き上がる感情のままに、近付いてくる花垣を抱きしめようと腕を広げたが、花垣は胸に飛び込んでくるどころか九井を通り過ぎ、後ろで見守っていた稀咲へ駆け寄っていく。
「鉄太もおつかれ!」
「お、あ、ああ。ありがとう」
「二人とももうこのまま帰れるんだよね?」
「ああ、そうだが」
「せっかくだから4人でメシでも行こうぜ!あ、タクシー4人じゃ乗れないよね?俺、鉄太と乗るからココ君とイヌピー君、後ろからついてきてください!それじゃまた後で!」
「おい、タケミっち、」
「え、ちょ、花垣、」
九井と稀咲の返答を待たず、花垣は稀咲の腕を抱えてタクシーに乗り込んでしまった。そして、ポカンと動けずにいた九井を乾が回収して、こうして二人でタクシーに乗っているという流れだ。
空港までわざわざ会いに来てくれた割りに、あっさりとした花垣の態度に納得がいかない。
昨日の電話では、花垣からも自分と会えないことへの寂しさだったり恋しさを感じたし、早く会いたいと九井が告げた時も、同じ言葉を返してくれた。
だからもう九井は帰宅したら花垣を離すつもりはなかったし、なんなら明日は休みを取ったので、三人で寝室に一日中籠る気ですらいた。
なのに今、花垣は九井の傍にはおらず、他の男と密室で二人きり。九井は頭を抱えて呻いた。ちなみに運転手がいるので正確には二人きりではないのだが、気付けるほど九井の思考に余裕は無い。
隣の乾が九井の様子を面白そうに眺めながらフフンと笑う。
「出張でだいぶ疲れてんな、ココ」
九井は眉をひそめた。花垣に関しては余程九井よりも狭量な乾だ。同じように憤っていても不思議ではない筈なのに、むしろ余裕さえ感じる。
「何か知ってんな?イヌピー」
「ああ。けど、いつものココなら、とっくに気付きそうなモンだけどな」
乾は頬杖をついて笑ってみせた後、九井に体を寄せ、スーツの袖を軽く引っ張って離した。その些細な布擦れから僅かな花の香りが立ち上ってきて、九井は瞠目して乾を見返した。
「まさか、到着ロビーにいたのか?」
問いかけると、乾の笑みがますます深くなったので、確信した九井は長い溜息をついて項垂れた。
確かに二人が空港まで来ているとは予想できなかった。でも、花垣が自分に近寄らない理由は限られているので、想像することはできた筈だ。なるほど確かに自分は少なからず疲れているらしい。
「……店に着いたら、花垣の隣に座っていいか」
スーツのジャケットを脱ぎながら、乾にばつが悪そうに尋ねれば、仕方ねえな、といつもの九井を真似て舌を出してみせたのだった。
稀咲は強引に引きずり込まれたタクシーの中、渋々と適当に店を見繕って予約を取り、運転手へ行き先を告げた。
隣の花垣はむすりと唇を尖らせたまま口を開かない。
稀咲だって長い出張帰りで疲れていたので早く家で休みたいのはやまやまなのだが、隣の幼馴染が訳もなく強引なことをするのは珍しいので文句を言いそびれてしまっている。
……いや珍しくはないか。理解不能な行動をするのは昔からだった。オマケにこいつは、己の仕事上の相棒と恋仲なのだ。この状況の矛先が誰かなど、なんとなく想像がついてしまい、稀咲は隠しもせずため息をついた。自分を痴話喧嘩に巻き込まないでほしい。
さてどうやって口を割らせようかと稀咲が考えた矢先、沈黙を貫いていた花垣の方から口を開いた。
「なんでココ君ばっかり、ああいう役回りなの」
ああいう、とは。
脈絡のない言い回しに首を傾げたが、おんなのひと、と続けられて合点がいった。
「彼女はウチの大事なクライアントだ。会ったら出来る限りの応対をするのは当たり前だろう」
「だからさ、それってさ、鉄太でもいい訳じゃん」
「九井は話術に長けているし、頭も回る。顔の造形も整っているし、愛想もいいしな。適材適所だ」
実際、彼女と対面してから行動が早かったのは九井の方だ。挨拶をし、笑顔を向け、階段などの段差では手を差し出してエスコートした。それに気を良くした相手と談笑を交わし、次の商談の約束まで取り付けたのだから稀咲としてはグッジョブと思うこそすれ、諫める気には到底ならなかった。
もちろん相手が仕事以上の関係を望む懸念があるとすれば別だ。それが分からない程、九井も迂闊ではない。けれど、あくまでアウトラインを引いているというだけの話だ。己の容姿や言動で相手が喜び、利益に繋がるのであれば、九井は実行を躊躇わない。だから、今日みたいなことはよくあるし、花垣も以前より説明をされて了承していることだった。
しかし自分が花垣の立場であれば、久しぶりに会えた恋人が別の人間と密着していたら、きっと面白くないだろう。仕事の一環だと知っているし、恋人の気持ちを疑いたい訳じゃない。それでも気持ちが落ち着かないから、本人には直接言えずこうやって隠れて愚痴を言っているのかもしれない。
(まあ、いじらしいと言えばそれまでか)
そう思ったら文句を言うことも出来なくなって、稀咲は苦笑いを噛み殺した。
仕方ないから食事くらい大人しく付き合ってやるかと稀咲が落としどころを見つけると、同じタイミングで花垣がじとりと稀咲を見つめた。
「鉄太だってイケメンじゃん」
「…………は?」
「仕事できるし、頭いーし、愛想もいいだろ。ココ君に負けてねえ。絶対。だからココ君にばっかやらせんなよな!」
いーだ!
歯を食いしばって文句を言う幼馴染に、今度こそ稀咲は目眩を覚えた。ここに九井がいなくて良かったと心底思う。
自分こそ人誑しの権化みたいな存在の癖に、一丁前に采配を指摘してきた理不尽さに頭が痛くなってくる。
やっぱり今日はまっすぐ帰ろう。これ以上は自分の精神力が削られるだけだ。それで、この件の文句は後日九井に言おう。このままではいずれ支障が出る。仕事的にも。稀咲的にも。
決意した稀咲は、店に着くなり花垣を車から追い出し、さっさとタクシーで帰途に着いたのだった。
終