ラギーは魔法史の授業を受けていた。
昨日はモストロ・ラウンジでバイトがあった為、いつもより寝不足なのも手伝って、ついつい欠伸が出てしまう。
不意に、ころりと机の上に緑色の石ころが落ちた。不思議に思って教室の天井を見上げてみるが、別段変わったところは無い。気のせいか、と思い直して教科書に目を落とすと、再び似たような石ころが机の上に転がっている。一体どこから、と目を瞬くと、その動きに合わせるように石ころは増えていく。
「………へ?」
どうやら、この石ころは自分の目から出てきているらしい。
原因が分からず医務室へ行くと、魔法薬の効果の一種だと言われた。確かにひとつ前の授業は錬金術の授業を受けていた。教師のクルーウェルに相談する為に、今度は実験室へ向かう。
「それは涙を宝石に変える魔法だ。子犬、貴様どこの棚の薬品を使った?」
症状を見て眉を顰めたクルーウェルに凄まれ、ラギーは耳を伏せて体を丸めた。言われるだけのことをした自覚があったからである。
「その、ちょっと高そーな瓶を見つけたんで、金目のものが作れないかなあ~って……」
おそるおそる指さした棚は、クルーウェルが授業用とは別の用途を目的として管理している、教卓の真後ろにある棚だった。鍵がかけられていないことに気付き、少し拝借する程度なら大丈夫だろうと、クルーウェルの目を盗んで使用したのである。
「躾直しだ。子犬は放課後もう一度実験室に来るように」
手元のファイルに何かを書きこまれた。おそらく評価点を下げられたのだろう。ラギーはがっくりと肩を落とした。
「あの、先生。それで、これどうやったら治るんスか?」
「今は魔法薬が体内に蓄積されている状態だ。全て外に放出されれば自然と治るだろう」
「え、っと、つまり」
「たくさん泣け、ということだ」
ああそれと、魔法の効果が切れたら宝石も涙に戻るから、悪用しようなどと考えるなよ。
「うう、補習でしごかれるし、宝石は手元に残らないし散々っス……」
よたよたと力なく廊下を歩く先はレオナの部屋だ。昨日のアルバイトで洗濯物には手を付けられなかった分、片付けていない物がたまっているだろう。レオナの世話係としての仕事が終わって初めて、ラギーの一日が終わる。
「レオナさーん、入りますよー」
無遠慮に中へ入ると、ちょうどレオナが運動着を着替えているところだった。脱いだ運動着を受け取り、洗濯カゴの中身と一緒に洗濯機へ放り込む。サバナクロー寮は温暖で乾燥している為、夜に干せば明け方には乾いていることが多いから助かる。
「今日の部活どうでした?」
「一年は基礎トレ。ニ、三年は連携プレーの見直し。気になるなら録画してある」
「うーん、今日はやめとくっス。色々あってエネルギー残ってないっていうか」
「クルーウェルの補習だったんだろ。今度は何やらかしたんだよ」
「常習犯みたいな言い方止めてくださいよ」
自分の制服のポケットから緑の宝石を取り出し、レオナに見せた。それだけでレオナにはどんな魔法か解ったらしい。口の端を釣り上げ、クク、と喉奥で笑った。
「クルーウェルはさぞご立腹だったろうなァ」
「……お察しの通りっス」
洗濯機のスイッチを押して稼働を確認し、さあ次の仕事を、とラギーが踵を返すと、目の前にレオナが立ちはだかった。
「で、まだ治ってねーんだろ」
「はあ、まあ」
泣けと言われはしたものの、そう簡単に号泣できれば苦労は無い。自分の部屋に戻ったら対策を考えようと思っていたのだが、それがどうしたのかと、ラギーは首を傾げた。
「手伝ってやろうか」
「え?」
「泣かしてやるよ。たっぷり、な」
「へっ」
気付くといつの間にか壁際に追いやられ、密着したレオナから見下ろされており、ラギーが何かを言う前に綺麗な笑顔が落ちてきて、ラギーの唇を塞いだ。
限界まで泣かされたラギーは気を失うように眠りに落ちた。その横でレオナは、ラギーの目から零れ落ちた宝石を拾い集め、ガラスの容器に入れていく。
「まあ見事に緑ばっかりだな」
容器を軽く振ると、中で揺れ擦り合う宝石がカラカラと音を立て、照明に反射して輝いている。エメラルドやペリドット、翡翠など。種類や濃淡の差はあれど、それらは全て緑色の宝石だった。
ラギーが罹った魔法は、別段、緑色の宝石だけが出てくるという訳ではない。人によって出来る宝石の色は様々だ。色の定義は、罹患者の好む色や身近な色、それらが反映されるようになっている。
ラギーの髪や瞳は緑色ではない。寮のカラーも違う。そんなラギーにとっての身近な緑色。自惚れでなければ、おそらくそれは、レオナの瞳の色。
「随分熱烈じゃねェか。なあ?ラギー」
宝石を見据えた後、サイドボードに容器を置き、ラギーを抱き込むようにしてレオナも横になる。
目尻にキスを落とせば涙の跡がレオナの唇を濡らし、その後ろで、とぷんと宝石が液体に変わる音がした。
涙と魔法と愛の定義
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