温室は午後の微睡みにちょうどいい。晴れた空の下で風を感じながらも捨てがたいが、温室独特の空調と静寂で密閉された空間はまるで箱庭のようで、この空気に溶け込むように眠るのがレオナのお気に入りだった。
しかしここはレオナ専用の場所ではない。時折他の生徒がやってくるのが玉にキズだ。安眠を妨害するような騒々しさで居座る奴がいる場合は、遠慮なく除去にかかる。集る虫を追い払うように魔法を使ったり、威嚇して追い出したりするが、今は昼休みも半ば。この時間にもなって温室に来るやつはいないだろう。レオナは息をつき、寝転がって目を閉じた。
「あ、やっぱりココだったっスね」
しばらくしないうちにハイエナの声がした。
こいつは例外だ。自分専用の使い走りであり、今も、お使いを言いつけて戻ってきたところだった。
「遅ェ」
「居る場所も教えてくれない人を探し回るこっちの身にもなってくださいよ。むしろ速いって褒めてほしいくらいっス」
「さっき、やっぱり、って言ってたじゃねえか。最初から分かってたならノーカンだろ」
「ハイハイ、レオナさんはケチんぼっスねー」
さく、と足元の草を踏みしめながら近寄ってくる気配に、レオナは体を起こした。頼んだものを受け取ろうとすると、何か赤いものに視界を遮られた。
それは、たくさんの花だった。
「お誕生日おめでとーございま~す。俺からのサプライズです。ビックリしました?」
見上げると、してやったりと言った顔でラギーがこちらを見下ろしている。
言われた言葉を反芻して、レオナは今日が自分の誕生日だったことを初めて思い出した。
昨夜までは覚えていた。理由は、プレゼントのリクエストを催促する兄からの電話がひっきりなしにかかっていたからだった。必要ないと何度言っても折れてくれず、半ば強引に電話を切ったのを覚えている。
「……なんでお前が知ってる」
「去年、実家からめちゃくちゃ大量にプレゼントが贈られてきてたでしょ?あんなの早々忘れられませんて」
「そうかよ」
上から降らされた赤い花は、ところどころレオナの頭や肩に引っかかっており、ラギーが、レオナさんお花まみれで可愛い~とからかった。
「誕生花らしいっスよ。ゼラニウムっていう。俺はよくわかんなかったんですけど、偶然ヴィルさんに会ったんで聞いてみたんです。花は売店に売ってたっス。ほんと、何でも売ってますねえ、あそこ」
レオナを驚かせることができて満足気に語るラギーの頭に、今度は見覚えのあるものを見つけて、レオナは眉を顰めた。
「あっ!これ!覚えてます?フェアリーガラの時の、レオナさんの衣装だったやつっスよ!花を剥き出しで持ってたらヴィルさんがくれたんス。でも俺、これを汚さない自信が無くって、結局花は包まずに持ってきちゃいました。レオナさんも別に花飾ったりしないでしょ?」
妖精の春の祝祭に巻き込まれ、やむを得ず着ることになった衣装のひとつだったストールが、今はラギーの頭から肩にかけて巻かれている。
金色の刺繍であしらわれた薄いベールはヴィルが厳選を重ねて用意したものだったが、王宮で似たようなものをいつも着せられていたレオナは無頓着に扱い、何度も叱られた。
そのことを思い出すのは面白いものではなかったが、ラギーが身に纏っている今の状況は少し面白いかもしれない。
「……で?お前からのプレゼントは?この花か?」
「え?そうっスね。それと、このストールですかね……でもヴィルさんからだからな。持ってきたの俺だし、俺とヴィルさんからってことで」
「ヴィルはどうでもいい。つまり、これは貰っていいんだな?」
ラギーが頷いたのを見て、レオナはストールごとラギーを引き寄せた。もともと上から覗きこまれているような体制だった為、レオナが後ろに倒れ込み、その上にラギーが覆いかぶさる状態になる。
至近距離で見つめ合う形になってしまい、ラギーは頬を赤らめて所在なさげに目を泳がせた。
「えっと……レオナさん?そんな捕まえてなくてもストール横取りしたりしませんから……」
「お前、あわよくばと思ってるだろう」
「えっいやっ、そんな、いくらレオナさんが高そうなのいっぱい持ってるからって、いらないからお前にやるとか言ってくれねーかなとかそんなこと思ってませんよ」
「思ってんじゃねーか。……そうだな、場合によっちゃ、やってもいいぜ」
「マジですか!」
途端にラギーが目を輝かせる。その様子が可笑しくて、レオナは唇の端を釣り上げて笑みを浮かべた。
「おいラギー。ストールは俺へのプレゼント。それを、お前が持ってきた。しかも自分に巻きつけてだ。この意味、お前わかってるか?」
「へ?」
「ああそれと、これだけ用意したってことは、ゼラニウムの花言葉もちゃんと聞いてきたんだろーなァ?」
「え?花言葉?」
さっきから何度も首を傾げるラギーに、レオナはとうとう噴き出した。
今から自分が言う言葉は、ラギーにとって爆弾となるだろう。逃げないように腰を抱き、横に垂らされているストールをよけて、ラギーの頬を撫でる。
「赤いゼラニウムの花言葉は『あなたがいることが自分にとっての幸福』」
「へ」
「薄地の布で頭を覆うベールは『あなたに全てを捧げます』」
「は」
呆気にとられているラギーに顔を寄せて唇を重ねた。すると、みるみるうちにラギーの顔が、首筋まですっかり真っ赤に染まった。
「自分丸ごとプレゼントなんざ、随分大胆な行動に出たなァ、ラギー」
「………っ!?いや、ちがっ、これはっ」
「安心しろ、残さず全て頂いてやる。とりあえず今から覚悟しろ。部屋に戻るぞ」
「は!?今から!?ちょ、午後の授業は……っレオナさん!」
ラギーを担ぎ上げて機嫌よく温室を後にするレオナの後ろには、教会のアイルのようにゼラニウムの花が舞い散っていたのだった。
Happy Birthday!