長い付き合いもようやくハッピーエンド!
これもひとえに皆様のおかげです!
こじんまりとしてますが、窓からの海の眺めが最高の新居です
ぜひ遊びに来てください
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます
「……っと。こんなもんか?」
ペンを置き、メッセージカードを両手で掲げ、仕上がり具合を矯めつ眇めつした後、信はにんまりと笑みを浮かべた。
新居に引っ越してから一週間。ようやく片付けもひと段落し、知人友人へのお礼を兼ねた挨拶状をしたためた。
我ながら随分浮かれた文面になったと思わなくもないが、それくらいが丁度いいのだと、結婚コンシェルジュからの言葉を思い浮かべて一人頷いた。
信と昌平君はこの春、結婚した。
メッセージカードにも書いたように、出会ってからの歳月は短いものではなかったが、こうして人生を共にする節目を迎えられたことは決して当たり前じゃなくて、周りに支えられ助けられて今があるのだと思うと、感謝の気持ちでいっぱいになった。
メッセージに添える、昌平君との写真を手に取った。揃いの花婿衣装で並んだ自分達を見ていると、勝手に口の端がゆるんでくるからいけない。
プロポーズも、式を挙げようと言い出したのも昌平君だった。
プロポーズは素直に嬉しかったが、結婚式は、信は最初猛烈に反対した。言われた瞬間に固まり、次の瞬間には逃げ出したほどである。
特別な理由は無い。ただひたすら、恥ずかしかったのだ。
友人の結婚式に出席したことがある。清楚な衣装に身を包み、誓いを立ててキスを交わす。ライスシャワーを浴びた後にはブーケトス。高々と作り上げられたウェディングケーキ、ファーストバイト……数えだせばキリが無いほどのイベントで華々しく彩られた空間は幸せに満ち溢れていて、信も心から祝ったものだったが、あれを自分がすると思うと、胸の奥がむずむずしてたまらなかった。
ウェディングドレスなど、尾平あたりに馬子にも衣装と爆笑されるのが目に見えている。それとは反対に、昌平君はめちゃくちゃ似合うに違いない。
そうなったらもう自分は終始見惚れている自信があるし、そんな姿を友人達にさらけ出すのかと思うと、考えるだけで顔から火が出そうだった。
しかし、式はやらなくてもいいだろうとか、せめて写真だけにしないかとか、どれだけ信が懇願しても、昌平君は頑なに首を縦に振らなかった。
あれよあれよと式の日取りが決まり、衣装の採寸が終わり、試食会で満腹になる頃にはもうさっぱり逃げ場が無くなっており、信も諦めて腹を括るしかなかった。
始まってしまえば、あっという間だった。案の定、尾平には笑われたし泣かれたし、昌平君に見惚れすぎないよう気を付けるのも大変だったが、自分の大切な人達から祝福され、何より、傍らにいる伴侶の昌平君が幸せそうに微笑む度に、信は涙をこらるのに必死で、恥ずかしさを感じる暇など全く無かったのだった。
「よく撮れているな」
部屋に入ってきた昌平君が、信の肩越しに写真を見つめた。
「うん。俺、この衣装も好きなんだよな」
「そういえば選ぶ時も即決だったな」
揃いの、純白のタキシード。中のベストには差し色に青と紫が使われている。
「蝶ネクタイもさ、あんまり見たことなかったから新鮮だったし」
「そんなに珍しくもない気もするが」
「ちげーよ、あんたが着けてる姿が、ってこと」
写真に写っている昌平君の蝶ネクタイを指でなぞると、真似るように昌平君が信の蝶ネクタイを撫でた。その左手の薬指には結婚指輪が光っている。
「お前もよく似合っていた」
「へへ、そっか?」
指輪に自分のものを合わせるように手を重ね、そのまま取って頬をすり寄せると、昌平君が信を後ろから抱きしめる。
「式ができてよかった。ありがとう」
「別に、礼を言うことじゃねえだろ?」
「最初お前は嫌がっていただろう」
「まーな。あんたも全然折れねーし。今はやってよかったなって思ってるぜ?」
後ろから耳や頬に口付けると、くすぐったそうに笑う様に、昌平君は愛しさを募らせた。
何年経っても尽きることのない信への情に根を上げたのが結婚へのきっかけだった。
信をもっと自分のものにしたくて、この手から離れていかないような、鎖のような証が欲しかった。
そして、信は自分のものだと周りに知らしめる為に、挙式はどうしても必要だった。
結婚への動悸が、こんな薄暗い執着心からだと知ったら、信はどう思うだろうか。
たとえ知られたとしても、離す気などさらさら無いけれど。
重なった左手を、指を絡めるように握り直して、そのまま信の指輪に口付ける。
そこからたどるように手の甲、手首、と唇を滑らせれば、信が小さく息を詰めた。
何度も同じように触れたことがあるのに、何度も健気に感じ取ってくれる信が好きでたまらない。
「信」
「ん……なに?」
「したい」
「今から?」
「今から」
右手を服の間に入れて肌を撫でると、再び信は息を詰めた。今度はさっきよりも吐息が熱い。
「まだ、明るいだろ」
「関係ない」
「誰か来たら」
「招待状はまだ出していない。そうだろう?」
昌平君の言葉に、信はテーブルに積まれたメッセージカードに目線を移した。
確かにこの場所に自分達がいることは、ほとんどの人間が知らない。
すぐ近くの窓からは水平線と青い空だけが見える。聞こえる音も、さざ波だけ。
しかし信は知っていた。もう間もなく、水平線も、青い空も、さざ波も無くなってしまうことに。
自分の世界が、昌平君だけになる時がもうそこまで迫っている。
腹をまさぐる手の熱さにうっとりと瞼が落ちそうになる。
いつだって何だって、昌平君を拒むことなど自分には到底できないのだ。
本当は捕らわれていたくて、自分から目を離して欲しくなくて必死なのだ。
こんな不格好な執着心を知られたら、昌平君はどう思うだろうか。
たとえ知られたとしても、離れてやる気などさらさら無いけれど。
死が二人を別つまで。―――――たとえ別たれたとしても。
信と昌平君が誓いを立てるように唇を重ねた時、白いレースのカーテンが、風を受けて優しく揺れた。
Happy End!